ROMI'S BELIEF
「100人の村」のその後
中野裕弓が「もしも世界が100人の村だったら」に関して思うこと
2001年の3月7日の朝、インターネットで受け取ったメールを読んだときの感動、それを訳して発信した時から、あっという間に月日がたってしまいました。
3年たった今、あのメッセージから私が受けた感動、世界の平和を願う気持ちはより強くなっています。
世の中に目をやればいまだに世界のあちこちでは戦闘が止まず、毎日の平凡な生活を手にすることが出来ない人々がたくさんいることに心が痛みます。
母親と父親の愛から子どもが生まれ、家族にはぐくまれながら成長し、社会に出て自分を活かし、自分も両親と同じように親になり命のバトンを渡していく…
そういう”当たり前”のことが当たり前になる世の中を世界規模で早く実現させたいと思っています。
そしてたとえ目の前の出来事が平和や調和とはかけ離れたことのように見えたとしても、実はその分裂、対立、破壊のうらには私たち人類が向かっている方向からの光がもう見えていることを確信しています。
中野裕弓
Feb.2002
初めてこのメッセージを自宅のパソコンで受け取ったのは2001/3/7の朝。
もうそれから6年がたちました。早いものです。
この6年で世界はどう変わったのでしょうか?
確かに数字は年々変化しています。
でも数字の推移よりも、世界の捉え方が変わってきた、また変わらなければならなくなったと思います。
その後の私の活動にこのメッセージは大きな影響を与えてくれました。
また未だに各方面からこのメッセージに関しての問い合わせ、HPのリンクの要請が多々あります。
関心を寄せてくださる方が多いことにとても嬉しく思っています。
このメッセージを翻訳して世に送り出した後、今までにたくさんの反響を頂きました。
多くのものはとても肯定的で前向きなものでした。
でも中には数字の信憑性、発信することへの責任所在などのご意見もありました。
私はこの訳文によってある種の考え方を押し付けるつもりは全くありません。
“Food for thought”「考えをめぐらす元となる種」になれば嬉しいと思っています。
この数字が始めて公表された頃から比べて、いろいろな難しい課題が地球に山積しています。
環境問題を扱った1997年の京都議定書でも世界が一つになって未来を見据えることが出来ませんでした。
でも以前に増して世界は密接につながりだしています。
自分の国だけが按配がよければ良いという時代ではありません。
同盟を結ぶ国同志が潤えば良いという時代でもありません。
世界を一つの生命体として捕らえる考え方、ガイアの考え方が必須です。
もはや世界は長く続いた競争、分裂の構造を卒業し、ガイアという一つの意識の元、
協調、分かち合い、協力してこの課題を乗り越えていかなくてはなりません。
じゃ、どうやって?と思いますよね。
世界を個人に置き換えてみるところからスタートです。
私たち一人ひとりは世界の縮図です。
自分の周りの人と競争、分裂でエネルギーを疲弊させるより、個人レベルで周りの人との協調、分かち合い、協力をして、もっと多様性に富んだ共存できる世界を創る時代になったのです。
楽しみだと思いませんか?
2007年初め、ソーシャル・リース(社会の環)という構想を打ち出しました。
どんな場所に生まれた人も、どんな環境に生まれた人も、みなこのリース(輪)につながれば、必要なものが必要なところに必要なだけ流れていくという社会のシステムです。
これからこのシステムの実用性、可能性をもっと掘り下げていきたいと思います。
中野裕弓
Mar.2007