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  • 9月9日の思い出
  • 1999年9月9日

    今から27年前の今日です。

    皆さんはその日どこで何をしていらっしゃったでしょうか?

    その日は「The  day of the light」と言って”創造主がこの地球全体を光の祝福で包んだ日”でした。

    コトの始まりは…

    前の年1998年12月に私は仲間たち5人で3度目のマチュピチュを訪れていました。

    いつも案内してくれるシャーマンガイドのファティマが言いました。「クスコに住む画家のご夫婦が天使からのメッセージをおろしてくるのですが興味ありますか?」

    私たちは二つ返事で「もちろん!」

    クスコの有名な石造りの神殿のすぐ横の小径にご夫婦の家がありました。

    窓のない石造りの家に入っていくと、しばらくそこで待たされました。

    中ではお祈りをしていたようで、しばらくしてやっとその奥のろうそくの灯った小さなお部屋に通されました。

    柔和なお顔をした50代の画家の奥様とそのご主人が静かな笑顔で私たちを迎えてくれました。

    そしてご夫妻は手を広げ、私たち5人とファティマと輪をつくり祈りを捧げました。

    奥様が天使のメッセージを下ろし、旦那さまがスペイン語で翻訳し、それをファティマが英語に直し、そして私が日本語にしました。

    内容は

    「来年、1999年9月9日、クスコ時間の朝9時9分、この地球をお創りになった創造主が、地球全体を光で祝福する特別な日。

    その時、世界中でみんなで心をひとつにして愛と感謝の祈りを捧げましょう。」

    日本に帰ったらそのメッセージをできるだけ多くの人に伝えてくださいと託されました。

    クスコ時間朝9時9分は、日本時間では9日の夜11時9分でした。

    帰国してから私たちは「光の祝福の日」の準備を始めました。

    夜11時9分に集まると言う事は、集まった人たちのお泊まりも確保しなければなりません。

    アメリカから戻って以来、小田原に住んでいた私は絶好の場所を見つけました。

    近く根府川の山の上に”勤労者リフレッシュセンター”と呼ぶ第3セクターのホテルと豪華な施設があり、数年前の開業以来、何度も宿泊リトリートでお世話になっていました。

    そこでホテルと交渉です。

    でも「光の祝福の日」なんて言っては怪しまれる、まだまだそういう時代でしたから、9月9日の「重陽の節句」の会として100名ほどの宿泊も確保しました。

    (余談ですが、この第3セクターのホテル施設は、その後小田原市の所有を経て、今は小田原ヒルトンになっています。とてもゆったりとした素敵な作りでその後も何度も利用させていただきました)

    その日、各々午後に集合し、

    まずはシアター形式のイベントホールでウォン・ウィン・ ツァンさんのピアノリサイタル。ウォンさんの奏でる音で会場に一体感が生まれました。ウォンさんは、瞑想を通してのご縁で、奥様はマチュピチュに行ったメンバーの一人でした。

    ピアノ演奏の後は、当時9歳だった「奇跡の詩人」と話題の日木流奈くんと私のトークライブ。

    流奈君とファミリーは私がワシントンD.C.から日本に帰国してすぐご縁があって出会いました。彼はまさに宇宙からまっすぐにやってきたピュアな魂。

    障害者と言う身体を選んできた彼は、文字盤を通して、指でお母さんと意思疎通をしてお話をします。身体も小さく、お母さんの膝の上でボードを使ってコミュニケーションとっていました。

    その後、宴会場でディナーパーティーがありました。お集まりの皆さんはなんらかのご縁があってここに集った方々。初対面でもあっという間に打ち解けて会場は家族のような親近感で大変盛り上がりました。

    予定では、会食後みんなで広いホテルの芝生の庭に出て夜11時9分にみんなで祈りを捧げましょうと言うものでした。

    食事の最中にマネージャーがやってきて、昼間は快晴だったのに、先ほど急に雨が降り出したと伝えてくれました。

    それでは外ではなく、庭に出るエントランスの一角を使わせていただくことにお願いしました。

    すると終わりごろ再びマネージャーが飛んできて「中野さん、エントランスの部分も雨が吹き込む大雨、外は無理です!」

    後で聞くと、その時、小田原熱海間の新幹線も止まったそうな…

    夜空の下でみんなで集まり、世界のために心をひとつに…と言うプランは不可能になりました。

    でもなんとかこれだけの人数が夜中に集まれる場所はないかと考えていたら、ナイトマネジャーが

    「これは異例ですが、スポーツ棟に半地下になったテニスコートがあります。そこを使えるよう交渉してきます」と。

    第3セクターなので、いろいろ手続きも大変だったと思うのですが

    ホテル側もいろいろ譲歩してくれて11時少し前に全員がホテル隣接のスポーツ棟の半地下のテニスコートに集まりました。

    不思議な一団に見えたことでしょうね。夜中の民族大移動ですから…。

    人工芝のテニスコートの真ん中にろうそくをおいて、円座になって座りました。建物の一部分が空いていますから、外の大雨の音が響いてすごかったです。

    そこでは、赤穂の普門寺住職の藤本恵祐さんに般若心経をあげていただくことになっていました。

    彼女が深く響く声で般若心経を唱え出した時は、外の大雨の音とお経と相まって不思議な空間。

    目を閉じて聞いていたら般若心経がとても長いのに気づきました。繰り返した般若心経は、4周目にやっと完了。  

    後で伺ったら。恵祐先生はこの場の気がとても重くてあげるのに般若心経4周もかかったとの事でした。

    しばらくして、みんなが夢から覚めたように目を開けると、参加した最年少の子どもが叫びました。「あぁ、虫の声がする…」

    そうなんです。4周の般若心経の間に大雨はすっかり上がって虫の音が響いていました。

    みんなは大興奮。

    やっぱり祈りが通じた、

    素晴らしい奇跡だ、やはりこの日は特別だった〜

    急いでロビーに戻り、外に出てみると、緑に囲まれ海を見下ろすロケーションにあるホテルの上は満天の星空。素晴らしい天空のショーでした。

    明かりを少し落としたロビーでは、流奈君がお母さんに抱かれて待っていました。

    みんなが興奮気味に外の様子を伝えると、流奈君は文字盤を使ってお母さんを通してこんなメッセージをくれました。

    「これからはこういうこと(奇跡)がよく起こるのだから、こんなことで大騒ぎをしなくてもいいよ」と。

    特別な体験をしたと大騒ぎしていた私たちは我に帰りました。これからは奇跡のようなことがたくさん起こってくる。その一つ一つに目を奪われていてはその先が見えないと言うことを教えてもらいました。

    今でもあの日のことを思うと、心の奥が暖かくなります。

    1999年9月9日から今日まで27年経ちました。

    何があっても地球は創造主に祝福され、愛と希望の星の方向に向かって進化していると信じています。

    2026.9.9.

    ロミ

  • MESSAGE 2026/09/11