ソーシャルファシリテーター 中野 裕弓 オフィシャルウェブサイト


今月のごあいさつ

#011 2009.4

カウンセラー 人事コンサルタント 中野 裕弓

ハッピーバースデー!
4月は大好きな月、うふふ、誕生月なんです。
皆さんは誕生日にはどんな思い出がありますか?

家族そろってバースデーケーキを囲んで祝ってもらった子どもの頃の誕生日。
不二屋のストロベリーショートケーキが大好きでした。
そのころは誕生日を迎えるたびに、ろうそくの灯を吹き消しながら未来のことばかり思い描いていたけれど、親としては私が生まれた日のことを毎回思い出して感慨深かったのかもしれません。
朝8時すぎ、それまで一晩中産院に付き添っていた父が、時間切れで仕事に向かったそのすぐ後に生まれたそうです。

ふと、海外で迎えたバースデーのことを思い出しました。

19歳の誕生日は、家族を離れて初めて、それもイギリスで迎えました。
初めてのパスポートを手にしてヒースロー空港に降り立ったのがそのひと月前の3月。
それから2年間の英国での生活はその後の私の人生の可能性を大きく広げてくれました。
ロンドン北部のイーストフィンチリーで、小学生のやんちゃな男の子2人のいる賑やかな家庭で住み込みのベビーシッターをしながら学校に通っていた日々。
学校で英国ではバースデーボーイ・ガールが友達にパブなどで一杯ふるまって自分の誕生日をお祝いすると聞いてびっくりしました。

20歳の誕生日には、英国生活もすっかり慣れてきて、おしゃれな演出も。
ロンドン郊外のヘンリー8世の居城だったハンプトンコート近くのクラシックなレストランでのキャンドルディナーでした。
成人式の着物を作ってもらうかわりの海外での生活を十分に満喫していましたね。
20歳は日本では大きな節目ですが、英国では当時、21歳がComing of an Age といって大人と認められる歳でした。 でも現実は18歳が一人前になる歳よ、と友人が話していましたが。
驚いたのは海外からの留学生であっても21歳になるまでは医療費が未成年者として無料だったこと。 歯科治療などずいぶん恩恵をうけました。

14年前のバースデーはなんとペルーのマチュピチュで!
当時、世界銀行本部に勤務していた私は、出逢ったばかりの世銀の同僚ソニアの「来月、里帰りするの、一緒に来ない?」の一言に「Yes!」気がついたら翌月の誕生日にはマチュピチュにいたというわけです。
山に囲まれたマチュピチュからスイッチバック方式の列車でゆっくりクスコに戻った夜は、ソニア・ママの大きなバースデーケーキが待っていました。
山深い奥地の空中都市といわれるマチュピチュにはその後3回行きましたが、なんだかとてもご縁を感じる場所です。
もしかしたら昔いたのかもしれませんね(笑)

日本に帰ってきたからも、お祭り好きのわたしはいつもバースデーには大騒ぎをします。
自分でサプライズパーティを仕掛けたこともありました。
親には出張していることにしておいて、突然、玄関先に。大きな花束で顔を隠しながら母に「お母さん、生んでくれてありがとう!」とだけ言いに行った年もありました。
バースデーには朝から天使がお祝いに降りてくるそうです。
そのバースデー天使と一緒に大切な家族、友人たちと「地球に生まれてきてよかったねえ、めでたい、めでたい」と祝いたいのです。
そしてあと何回あるかわからないけれど、地球で迎える大切なバースデーをひとつひとつ宝物のように心に刻んだおきたいのです。

ふと、毎年、バースデーはどこで、誰と、どんなふうに祝ったのかを書きとめて記録しておく「誕生日の記録ブック」があると楽しいなと思いつきました。

今年ですか? はい、心友たちと楽しい計画をしています。
同じ4月生まれの皆さん、お互いに心に残るバースデーを迎えましょうね。

ろみ



このページの先頭へ

  • お問い合わせ
  • サイトポリシー
  • サイトマップ